<無料占い> 彼は何故帰って来ないか。 さらさんより。

 
 
 今回は、さらさん(女性)からのご相談です。「年下の彼と同棲しています。浮気ではないと思いますが、仕事が終わっているのに帰ってくるのが遅かったり、『今から帰る』と連絡があるのに何時間経っても帰ってこなかったり、『ちょっと出かけてくる』と言って夕方まで帰らない……。ほとんど毎日です。言うのもイライラするし、『寝てる時に帰ってくると迷惑だから実家に帰るようにして!』と言っても、家に帰ってきます。若いから仕方無いと毎日自分で言い聞かせ、イライラを抑えています。何故彼は帰ってこないのでしょう?最近私は母親なんじゃないか?と思ってしまいます。」とのご相談内容です。
 
 
 得られた卦は、「小過(雷山小過)」です。最上図をご参照ください。
 
 「小過」は、「小さいものが多過ぎる」、もしくは、「少し過剰である」という意味です。分裂や食い違いによる困難に直面している時期を象徴します。
 
 「小過(雷山小過)」は、山の上に雷が、やや大げさに鳴り響いているかたちです。「このような時は、やや過剰に行動を慎み、節約をすべきだ」という言葉が示されています。
   
 「小過」の占いの言葉は、
 
 「小過」は、伸び栄える。
 時勢に順応して、低姿勢を貫くべきだ。
 今は大事を行うべきではない。小さい事を行うのには吉。
 この卦は飛ぶ鳥のかたちをしている。一声高く鳴いて飛び上がるのは、時勢に逆らうもので、良くない。
 早めに地上に降りるのならば、吉。
 
 というものです。
 
 「小過」は、「少し過剰である」という意味で捉えるのが解りやすい運勢です。「少し過剰である」のは、必ずしも悪いことではありません。たとえば、「遅刻しないように、やや早めに家を出る」のは良いことですよね。
 しかし、神経質になっている時には、余裕を持って行うべき大事業に手をつけるべきではありません。ですから、「小さいことには吉」だが、「今は大きなことを行うべきではない」のです。
 
 この卦に関係の深い卦は、二つの対照的な形をした卦、「中孚」(誠実)と、「大過」(あまりにも過剰)です。
 誠実・まごころをもって行動するのは、「悪いことじゃないけれど、少し暑苦しくなりがち」ですよね。ですから、『易経』では、「中孚」(誠実)の次に、「小過」が置かれています。
 また、中孚とは、人と人とが真心で通じ合うという運気ですが、その裏側にあたる「小過」は、人と人とに行き違い・仲たがいがある、そのような運気です。
 一方、「大過」(やりすぎ)は「危険」ですが、その対照である「小過」ならば、慎重に過ごしていれば大丈夫なわけです。

 最上図をご覧ください。この卦は、「山の上に雷」というかたちですが、真ん中の二本を胴体、外側の四本を羽根に見立て、「飛ぶ鳥の姿」として捉えられる卦でもあります。
 「小過」の運気のときは、鳥で言うならば、高く飛び上がるよりも、無理をせず滑空する、いばらずに低姿勢を貫くほうがよいのです。
 
参照: 「中孚」☴    「大過」☱    
        ☱         ☴     
 
 「小過」の卦が出た時は、困難に直面している場合が多いです。また、人間関係に行き違いが起きがちです。特に、今まで長く信頼してきたような人に裏切られるようなケースです。このような時は、大きな事業に手をつけるのではなく、日常の仕事を淡々とこなしていくのが良いとされます。
 仕事運についても同様です。なにかと行き違いがあり、うまく行かない運気だと言えます。前へ前へというやり方は控えるべきでしょう。
 まず、今は「低姿勢を貫く」・「低空飛行」・「滑空」といったイメージで、控え目に過ごすのが良いでしょう。
 
 
 
 以上のような「小過」の卦を踏まえて、さらさんのお話とあわせて、運勢を判断します。
 
 結論です。
 
 彼が若いから、と言うこともあるかもしれませんけれど。
 「彼が活発だから」ということのように、感じられます。それに対して、さらさんが「落ち着いている」あるいは「あまり動きたがらないタイプ」であるところに、原因があるかと見立てました。
 彼にイライラをぶつけるよりも、少し「折れる」ほうが良い時期のようです。
 「折れる」と申しましても、「言うのを控える」、「我慢する」という方向ではなく、「彼に合わせる」、「彼と一緒に、出かける」ような方向性はいかがかと、提案いたします。
 
 
 
 
 今回得られた卦は、「小過」です。
 「小過」は、「何かと少し行き過ぎがある」「人間関係にすれ違い(裏切られる、など)が起きがちである」といった運勢を示します。困難に直面し、なかなか結果が出ないため、ついつい神経質に、弱気になってしまいがちな時期でもあります。
 このような「小過」の卦が得られたときの心構えとしては、「日常を淡々と過ごす」、「積極的に(派手に・活発に)活動することは控える」、「準備や根回しなどは入念に」といったイメージです。
 
 また、「小過」の時期における、お二人の人間関係については、彼が「雷」で、さらさんが「山」であると解釈されます。
 「雷」は、「長男」、「活発、積極的、落ち着きが無い、騒がしい」といった性質を象徴します。
 「山」は、「若い男性」、「動かざること山のごとし、実直、動きが鈍い」といった性質です。
 
 ここから見まして。
 「彼が若いから」と言うよりは、「彼が活発だから」。
 そして、さらさんが、「落ち着いている」……悪く言えば、「動きたがらない」から。
 「現状が」そのような関係であるために、お二人の間に食い違いが生じているのではないかと。
 
 「小過」の時期は、「そこで、相手をねじふせる」よりは、「だから、自分が折れる」ような方向性が良いとされます。
 と、申しましても。
 「言うのを控える」・「我慢する」という方向性は、それそのものが「山」です。「山」である自分を貫き通す姿勢であり、「折れている」とは言い難いかと。
 
 「雷」である彼に合わせる、という方向性はいかがかと提案いたします。
 「『ちょっと出かけてくる』と言って帰ってこない」と伺いました。お二人が休日をともにされている時のお話ですよね?
 そのような時には、「さらさんも一緒におでかけする」ような発想は、いかがかと。
 帰りが遅くなるなら、理由を言ってもらって、例えば食事や飲みに出ているならば、「たまにはお付き合いする」のはどうでしょう。
 
 
 なお、「私は母親なんじゃないか?」という発想は、卦のイメージとは少し異なっているように感じられました。
 「雷」と「山」は、言ってみれば「兄」と「弟」です。
 「年上だから」……「お母さんみたいなもの」……「世話しなくちゃ」……という発想よりは、むしろ、(兄に)「頼る」「甘える」「リードしてもらう」ような発想の方が、うまく回るかと。
 そのように、見立てます。
 
 
 

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